母子家庭マニュアル

母子家庭の手当を活用しよう!シングルマザーの貧困生活マニュアル

育休切りからリア充生活へ

2016/07/28

育休切りにあい専業主婦になるしかなかった
アラサー女性は、娘たちの夢の実現のために
リア充生活を送ることができるようになりました。

育休切りされてもリア充生活を手に入れた母親

27歳の時に一人目の子を妊娠しました。
広告デザインの仕事をしており、仕事が充実していたので、
退職は考えず、育児休暇を取ることにしました。

残業が当たり前の職場でしたので、復帰しても正社員で
戻るのが難しく、パートという形で17時まで
働かせてもらいました。
育児と仕事との両立は大変でしたが、高めの時給で働かせて
もらっていたので助かっていました。

その後2人目を妊娠しましたが、今回はパートでの復帰は難しい
と言われ育休切りにあいました。
好きな仕事でしたし、同僚たちも引き止めてくれましたが、
上層部の決定には逆らえず泣く泣く退職しました。

保育園にいた4歳の長女は退園しないといけなくなり、
バリバリ働いていた頃と違って、家で育児一本になったことで、
不安な気持ちになっていました。

そんなとき、娘がモデルになりたいと言い出しました。
もともと写真を撮るとポーズをキメる子だったし、
退職する前に買った雑誌の占い特集では、
オススメの転職先は「モデル」と書いてあったので、
軽い気持ちでやらせてみようと思いました。

長女がとてもやる気でしたので、誰でも入れるところではなく、
あえて厳しい審査をしてくれるところに面接に行ったのですが、
なんと結果は合格で、事務所所属のモデルになりました。

生まれたばかりの生後2ヶ月の次女もいたので、
どうせなら小さい子の方も需要があるのではと思い、
同じ事務所で誰でも入れるコースを受けて同時に入所しました。

退職して何の刺激もない生活と思っていましたが、
娘たちがモデルになってくれたことで忙しい日々を
送ることとなりました。
満員電車に揺られ、幼子2人を連れての移動は大変でしたが、
子供たちのモデル姿を見るのが楽しみで、
それほど苦にはなりませんでした。

最初に仕事のオファーが来たのは次女のほうで、
それから半年後くらいに長女の仕事も増えてきました。
雑誌やテレビで娘たちの姿が見られると、主人と一緒になって
喜びました。

モデル活動をして1年が経つころ、
長女が言いました。

「うちはリア充だね。」

どうやら撮影の時に覚えた言葉らしいです。

たしかに子供たちはリア充な生活をしていると思います。
ですが、子供以上に私がリア充になったと思います。
退職してただの専業主婦になっていたら、
充実した生活ではなかったのですから。

-リア充
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