母子家庭マニュアル

母子家庭の手当を活用しよう!シングルマザーの貧困生活マニュアル

子ども頃から貧困で暗い性格になった女性

子どもの頃から貧困で、暗い性格のまま成長した女性がいます。
すでに30歳になっている彼女の場合、
自ら性格を治さない限り、幸せはやってこないでしょう。

子どもの頃から貧困生活だった私

私は子どもの頃から貧困でした。

物心がついたときから貧しい生活を当たり前のように
していたので、未だに普通の生活というものを知りません。

毎日の食事も貧しくて、そのうえ好き嫌いも多かったので、
幼少期はとても痩せていました。
爪はささくれて、顔は皮膚が荒れて、栄養の足りない症状が
体に出ていました。

十分な栄養を取れるのは学校給食だけだったのですが、
給食費の未納が多く、先生に食べさせないと言われたことも
ありました。

私が小学生だった22年ほど前は、子どもの貧困が今ほど
問題視されていなかったし、給食費を払っていない子どもは
少なかったように思います。
先生から、親からもらった給食費を使っちゃったのではないかと
疑われたこともありました。
当然そんなことはしていないので、疑われる意味が
わかりませんでした。

日々の食事を買うのもやっとの家でしたので、
お菓子などはほとんど食べられませんでした。
学校帰りに友人が家に誘ってくれて、友人宅でアイスクリームを
ごちそうになったときには、こんなに美味しいものが
あったのかと驚いたくらいです。

うちが貧乏だと知っている近所の同級生たちから
泥棒呼ばわりされたこともあります。
母親が知り合いから旅行のお土産に、大きなキャンディーを
もらったことがありました。
木の棒に付いたキャンディーです。

そのキャンディーを舐めながら近所を歩いていると、
同級生たちはこう言いました。

「お前の家にそんな飴があるはずがない。盗んだんだろ。」

私は泣きながら違うと言ったのですが、
信じてもらえませんでした。

泥棒扱いされたことを母親に言いましたが、

「言いたい奴には言わせておけ。そもそも外で食べる
お前が悪い。」

と言い返されました。

そのような経験が積み重なり、小学校の高学年になる頃には
自分の意見を言えない性格になっていました。
いつも自信なさげだったこともあり、中学時代には
いじめられていました。

高校時代も常に目立たないように生活していて、
誰の記憶にも残っていないような生徒でした。

大人になってからもその性格はあまり変わっていません。
いつも暗い顔をしていると言われることもあります。

ひどく落ち込むことも多く、仕事を休むことも多いです。
きっと私は一生貧困生活を送るのでしょう。

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