母子家庭マニュアル

母子家庭の手当を活用しよう!シングルマザーの貧困生活マニュアル

父親が働かなかったために貧困生活だった

2016/08/01

貧困生活を強いられてきた青年は、父親を恨んでいます。
一方で、自分も父と同じ道を歩むのではいか
という不安もあるのです。

貧困生活を強いられてきた青年

私は25歳の俳優の卵です。
小さい頃は貧困生活をしいられてきました。
父親が働かなかったためです。

「何でお父さんはいつも家にいるの?」

たしか小学校に入学する前くらいに
そんな質問を母にしたことがあります。

父は本当に働かない男でした。
働いたとしても日雇いの仕事で、
連続で4日間も働いたことがないと思います。

身体が不自由だとか、不健康だとか
働けない理由があったわけではありません。
単なる怠け者です。

その代わり母はずっと外で働いていました。
後から聞いた話ですが、母は夜の世界で働いていたのです。
家族の生活を守るために仕方なくやっていたのだと
思います。

小学生の頃は、それほど貧困生活をしている感覚は
ありませんでした。
美味しい食事が毎日ありましたし、
学用品もすべて買ってくれました。

ところが中学生になると、徐々に他の家とは違うと
思い始めました。

友人たちは有名スポーツメーカーのシューズを
買ってもらえるのに、私は無名の安い靴だったし、
部活で使う道具も買ってもらえませんでした。

食べ盛りなのに、夕食のおかずは少なめで、
ご飯のおかわりもさせてもらえませんでした。

そんな状況にも関わらず、父は働きもせず
家でのんびりしていたので、

「ゴロゴロしてないで働けよ。」

と何度も言いました。

その度に、親に生意気なことを言うなと
殴られました。

母はお昼くらいに仕事に行き、夜遅くまで働いていましたが、
すでに40歳だった母は、夜の世界で働くには
厳しい年齢だったのだと思います。

それでも母は仕事と家事を必死にやってくれました。
私にとって父親はいてもいなくても同じでした。
むしろいないほうがまだマシだったかもしれません。

高校を卒業すると小さな工場で働き始めました。
給料は手取りで15万円くらいでした。

初任給をもらったとき、父と母にそれぞれ3万円づつ渡し、
好きなものを買ってと言いました。

母は泣いて喜んでくれましたが、
父はお礼も言わずに受け取りました。

このときハッキリとわかりました。
自分の父親はクズなのだと。

工場で働き始めて3年が経った頃、芸能事務所にスカウトされ、
俳優を目指しました。

しかし全く売れず、月の収入は5万円しかありません。
ただ、女の子にモテるので、貢いでくれる子が
たくさんいます。

女の子からおごってもらう外食費や、
買ってもらうもの、お小遣いを合わせると、
50万円くらいにはなったと思います。

結局、私も自分の力ではなく、女の金で生きているのです。

もし、女の子たちから相手にされなくなったら、
間違いなく貧困生活です。

父をクズ呼ばわりしていますが、
自分も同じ道を歩みそうで不安です。

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