母子家庭マニュアル

母子家庭の手当を活用しよう!シングルマザーの貧困生活マニュアル

貧困家庭でも協力し合える家族がいれば幸せかもしれない

2016/06/11

20代女性の貧困家庭での話。
大学進学を諦めた無念もありますが、
今思うと、学歴よりも家族が支え合って生きること
のほうが大切だと思います。

貧困家庭で育った私が感じた事

私は両親と弟の4人家族でした。
中学生くらいまでは少し貧乏かなという程度で、
何となくですが普通に生活していました。
私と弟は公立の中学校に通っていましたので、学費があまり
かからなかったということもあるかと思います。

高校は私も弟も学力が足りなかったために私立へと進みました。
それに加え、父親が病気をして働けなくなったこともあり、
貧困家庭となりました。

最初の1年間くらいは貯金で生活費や学費をまかなっていた
ようですが、その内に足りなくなって、私たち子供は学校を
辞めようかと思ったほどです。
誰にも助けを求められない私たち家族は、田舎に住んでいた
ということもあり、つくしを取って煮たり、川で鮎を取ったりして
食をつなぎました。

父親は自営業をしていて、その事業もうまくいっておらず、
しかも病人となったので、母親が働かなくてはいけなくなりました。
しかし、お金持ちのお嬢様で、しかも学歴が高く、
プライドも高い母親がまともに仕事をするはずも
ありませんでした。

しかたなく、私たちはバイトをこっそりしました。
弟はバイトをしていたのがバレて退学になりました。
いくら学校に説明してもわかってもらえずに仕方なく
退学しました。

そのうちに、私たち家族はバラバラになっていきました。
父親は愛人を作り家を出て、母親はそれをきっかけにうつ病に。
弟は住み込みで仕事を始めました。私は高校を苦戦しながらも
卒業しましたが、今だに継続して勉強できなかったことを
悔やんでいます。
大学進学の夢もありましたが、あきらめて就職しました。

今振り返ると、たしかに最低限のお金は生きていくために
必要です。
しかし、お互いを思いやるような関係を築くことも
家族にとっては大切です。

私たちは貧困に陥って、周囲の家族と比較して荒み、
結果的に一家離散となりました。

貧しくても支え合って生活している貧困家庭もあるはずです。
もっと協力し合って生活出来ていたら、貧乏も楽しい思い出と
なったのかもしれません。

-貧困家庭
-