母子家庭マニュアル

母子家庭の手当を活用しよう!シングルマザーの貧困生活マニュアル

貧困家庭でしたが母には感謝しています

2016/06/09

40代主婦の幼少期の思い出話。
貧困家庭で育ち、からかわれることもありましたが、
今思えば、母の教育に間違いはなく、大人になるまで
育ててくれたことに感謝しています。

貧困家庭でも母の教育に間違いはありませんでした

小学校低学年の頃は我が家が貧困家庭だとは思って
いませんでした。
しかし他人の家に遊びに行ったとき、貧しい家の子供なのだと
気付き始めました。

小学生の頃、祖父の葬式で田舎に帰り、
1週間位学校を休んだ時がありました。
そのときの給食費について母が、

「1週間分は食べてないから払わない」

と先生に伝えなさいと言ったことがあります。
何も考えずに、言われたとおり先生に告げました。
その後どうなったかは覚えていませんが、給食費を値切った
ことになるのでしょうか。

小学校5年と6年の時、父の姉の子供と同じクラスになりました。
男の子です。どういうわけか、この子が私をいじめたのです。
クラスの子みんなに、私の家は貧乏だと言うのです。
我が家ってそうなの?って、その時ちょっとだけ思いました。

高度成長期だったこともあり、近所の人達は大型テレビを
買っていました。
従兄弟の家も大きなテレビを買っていたようです。
その従兄弟から我が家のテレビは小さいことをからかわれました。
何も言い返せなかったです。本当のことだから。

小学校の卒業アルバムを見るのが嫌です。
なぜなら、6年生のときに学校の制服が変わったからです。
でも、貧困家庭の我が家では、1年しか着ないからもったいない
ということで古い制服を着ていました。
そのため、私だけ古い制服で、しかも膝にあて布のある
スカート姿でアルバムに載っています。
本当に貧しかったんだなあと思います。

中学に入ると、貧乏だと感じることがますます増えてきました。
家の外観のことを言われたり、お弁当のおかずのことを
からかわれたり、数えきれないほどツライ思いをしました。
その頃からお金がないことはイヤなことだと感じるように
なりました。
ちょっと性格が歪んでしまったかもしれません。

それでも母は「女の子は字が下手だと恥ずかしい」といい、
習字を習わせてくれました。
これは大人になってから、とても役に立っています。
同じくソロバン塾に通っていて、今でも役立っています。

その甲斐あってか、学習塾は行かなかったけれど、
学校の成績は悪くはありませんでした。

大人になってわかったのですが、
たしかにうちは貧乏でしたが、使うべきところにはお金を
使っていました。

母の教育は間違ってはいなかった。
今ではそう思うようになりました。

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