母子家庭マニュアル

母子家庭の手当を活用しよう!シングルマザーの貧困生活マニュアル

幸せな父子家庭

2016/07/28

私は物心ついたときから父子家庭で育てられています。
しかし全く不幸だと思ったことはないし、
父に育てられて嬉しいという思いしかありません。

父子家庭でも何不自由なく育てられました

私が産まれてわずか半年で両親は離婚しました。
そして父に引き取られました。

小学校の頃、母子家庭の子は何人かいましたが、
父子家庭は私だけでした。

父子家庭といっても、父方の祖父母との4人暮らし
だったので、それほど寂しくはありませんでした。

保育園の時の記憶はあまり残っていませんが、
運動会などの行事には、父と祖父母の3人が
見に来てくれていたことだけは鮮明に覚えています。

日々の送り迎えは、祖母の自転車でした。

父はいつも優しくて、土日には動物園や
遊園地に連れて行ってくれました。

平日は帰りが遅い日もありましたが、
祖母が夕飯を作ってくれ、祖父が勉強を見てくれたので、
私は何不自由なく暮らしていました。

しかし、中学2年のとき祖父が病気で亡くなりました。
さらにその翌年、祖母も亡くなりました。

家庭が一気に暗くなり、父は落ち込み、
家事をする気も起きないという感じでした。

朝食は毎日卵かけご飯で、夕飯はカップラーメンばかりの
生活になり、私は部活中に倒れ病院に運ばれました。

それがキッカケで父は立ち直ってくれました。
仕事に行く前に美味しい朝食を作ってくれるようになり、
夕食は毎日は作ってくれませんでしたが、
カップラーメンだけということはなくなりました。

高校受験に向けての3者面談にも
仕事を休んで来てくれましたし、
中学校の卒業式にも来てくれました。

私は高校生になると、家庭科クラブに入り、
料理の腕を磨きました。

そして、父のために毎日料理をするようになり、
掃除、洗濯など家事全般もするようになりました。
料理や家事は嫌いではなかったので、
進んでやっていました。

高校2年の時、父に卒業後どうしたいのか聞かれ、
私はすぐに答えました。

「家政大学にいって、栄養学を学びたい。」

父は私の夢を応援してくれました。

大学は第一志望に合格し、高校の卒業式の日のことです。
父は涙を流してこう言いました。

「卒業おめでとう。お前は最高の娘だ。」

私も言いました。

「ありがとう。お父さんのこと大好きだよ。
これからもお世話してあげるからね。」

父はますます泣きながら、

「バカやろう。」

と優しそうな顔でいいました。

うちは物心ついたときから父子家庭でしたが、
本当に幸せに育てられたと思っています。

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