母子家庭マニュアル

母子家庭の手当を活用しよう!シングルマザーの貧困生活マニュアル

母子家庭でも優秀な子は育つ

2016/06/26

母子家庭で育つも母の必死の頑張りにより、十分な学力を
身に付けた女性がいます。
彼女は大人になった今でも母に感謝をしています。

子供の学力向上に手抜きをしなかった母

私の両親が離婚したのは、私が小学校2年生の時でした。

「お母さんとお父さん、どっちと暮らしたい?」

と母に聞かれ、

「どっちも好きだから決められない」

と答えたのを覚えています。

当然自分が選ばれると思っていた母は、少し機嫌が悪そうでした。
父が「お母さんと一緒の方が幸せになれるよ」と
背中を押してくれ、母と二人で家を出ることになりました。
母子家庭のスタートです。

もともと離婚の理由は、教育方針の違いでした。
女の子はピアノでも習って、可愛く育ってお嫁に行けばよいと
考える父と、女の子でも学を身に付けて一人でも立派に
生きていける力をつけたほうがよいと思う母では、
あまりに違いすぎました。

母子家庭となった母は、近所のホームセンターで働き始めました。
手取り14万ほどだったそうです。
家賃5万円のアパートで暮らしていました。
小学4年生になると塾に通い始めました。
月3万円の月謝、夏期講習、冬期講習、欲しい参考書は全て
買ってもらえました。

小学6年生になると、夏休みには合宿、正月特訓など、
イベントが増え、さらに個別授業まで受けていたので、
年間で100万円以上学費にかかっていたそうです。

スーパーで半額や見切りの食材ばかり買い、服も買わず、
貯金を切り崩しながらも、教育費だけは一切ケチらず
出してくれました。

中学受験は、第一志望校には受からなかったものの、
第二志望の中高一貫の女子校に合格。
私立ながら、学費は月3万円とリーズナブルな学校だったので、
結果的には良かったと思います。
ちなみに、第一志望の中学は月7万円ほどの学費でした。

中学に入ってからは、学校の他に塾にも通い、
生活はさらに困窮を極めていました。
しかし、母は子供である私に大変そうな素振りは
一切見せませんでした。

母は下着すらめったに買わず、何度も洗濯して擦り切れた下着を
着ていました。
美容院にも行かず、私に髪を切らせていました。
一方、私には友達とうまくやっていけるようにと、
流行りの服を買ってくれ、美容院にも行かせてもらっていました。

大学は国立に行ってくれと言われていたにも関わらず、
親不孝の私は私立の理系大学に進学しました。
学費は4年間で600万円ほどです。

貯金も使い果たしていた母は、ついに父に養育費を求めて
調停を起こし、大学の学費は全額父が払ってくれることに
なりました。

ここから母は老後に向けて貯金を始めます。
私が大学を卒業し、社会人になって5年目を迎えたとき、
母は中古ですが一戸建ての家を購入しました。
私が結婚するときに、母子家庭で団地住まいだと
肩身が狭いだろうと思ってのことだそうです。

私は母の血のにじむ努力のもと、
何不自由なく育つことが出来ました。
感謝してもしたりません。

今では私も結婚し二児の母になりました。
母親ほど自分を犠牲にできるかわかりませんが、
子供の教育にはお金をかけたいと考えています。

-母子家庭
-